【ゲーム論】MMORPGにおける効率と前提条件

今回のテーマ『効率と前提条件』とは何かというと、ゲーム内で目標を持った際にその実現方法が正当かどうか、もしくは効率を求めた際にやりたいこととかけ離れないか、といったことを表す概念。

なんとも抽象的で伝わりにくいと思うのだけど、僕がMMORPGを引退するときの理由の一つがコレだったりする。おそらく、いくつか具体例を挙げれば理解できると思うので、僕の経験談を通じて説明したいと思う。




ラグナロクオンラインの転生システム



Lv99到達で、キャラクターを転生させることができる。転生すると、Lvが1に戻る代わりに、さらなる成長が可能になるシステム。

僕はこの転生システム実装ごろにやめているので、あくまでも、当時の仕様での話。今はあっという間にカンストするみたいだけど、あの頃はLv99まで上げるのに社会人は1年以上掛かった。

以前ブログにも書いたけど、僕は当時、育成のマゾいネタキャラを育てていた。しかし、この転生システム。今までの育成が転生後に何も反映されない。転生した時点でキャラデータが完全にリセットされるので、今までの苦労は無かったことにされる。

僕の目標到達は、今まで続けてきたマゾい育成を通じて達成されるはずだったのだけど、Lv99まで上げるという苦労をした上で手に入るのがキャラデータのリセット。場合によっては、効率のいいキャラを作り直した方がいいという矛盾。それは言葉を変えると、僕のキャラデータがロストしたことと同じ意味だった。


大航海時代オンラインの職業システム

まず初めに、僕が遊んでいたのは相当昔のことで、今では大分仕様も変わっていると思う。その上で、当時の仕様を記憶をたどって書いているのでいろいろ間違っているかもしれない。

大航海時代の職業は大きく分けて、海事、冒険、交易の3系統に分かれている。Lvと経験値は3系統分存在し、その系統に属する職業に就いていないと経験値を稼ぐことができない。スキル取得枠は海事、冒険、交易で共有され、Lvによって拡張される。スキルにはレベルが存在し、職業に応じて上げやすいスキル、上げにくいスキルが存在する。転職するとレベルは維持されるけど、取得中の熟練度は全てリセットされる。

したがって、スキル枠を早い段階で増やし、必要なスキルをあらかた取得した後、本番の職業に就き、スキルレベルを上げるのが最も強くなるための近道だった。

さて、僕がこの大航海時代でやりたかったことというのはやっぱり海事(戦闘)だったわけだけど、効率を求めた結果、一番やりたい海事を後回しにし、まずは交易のレベルをカンストさせようと思った。

スキル枠は3系統共通のため、海事のスキルを多く取るには冒険と交易のスキルは最低限にとどめる必要がある。といっても、Lv上限が引き上げられた際に、スキルが無いといけないので、可能な限り少ない交易スキルで効率よく交易のレベル上げをしていた。(今はスキルを保存できるみたいだけど、僕がやってた時は無かった)

勿論、やりたいことをやらずにマゾい制限で頑張り続けた結果、結局モチベーションが続かず、肝心の海事をほとんど遊ばずにこのゲームを引退することとなった。


ドラゴンネストの総合スキル



アカウント内のキャラクターLvの合計により、キャラクターを強化するパッシブスキルを選択できるシステム。

効果自体はそこまで大きくないけど、最強を目指すなら、無意味に複数のキャラを育てる必要があった。そして、この総合スキルを目当てにキャラを作るということは慣れの問題で、全く同じキャラをいくつも作って育てるというのが一番の近道だった。

正直あほくさい……。

実際それを実行したものの、楽しいわけがなく、別のキャラを作ってみたけど、面倒くさいだけで、結局、ゲームに対するモチベーションを大きく下げるだけだった。ちなみに、このシステムが実装される以前に、古いキャラを消していたのでなおさらだった。


多PC推奨のゲーム

バフの類が強力かつ、持続時間が長い場合、特に操作が必要ないのでこれに該当する。他にも、1人で攻略可能なコンテンツで、難易度が人数に応じて変わらない、日や時間による入場制限が設けられ、報酬が取引可能だったりすると、PCの数だけ有利になる。

強くなるという目標のために、PCを増やすという行為は目標達成の理由としてふさわしくない。ちょっと想像してみればわかると思うけど、推奨環境や広告に、多PC推奨なんて書いてあったら誰もプレイしないよね?

さらに言うと、多PCが有利になるゲームはBOTがしやすいということ。業者の介入でプレイに対する価値観が極めて低くなる為、まともな人間からやめていき、あっという間に濃縮されてしまう。


ペイツーウィン

エンドコンテンツが装備の強化であり、強化に必要なアイテムがあまりにも手に入らず課金が必須なゲームは、エンドコンテンツが課金のゲームだといえる。効率よく強くなるためにはゲームをプレイするよりリアルで働いた方が早いというのはおかしな話だ。

例えば野球ならイチロー、将棋なら羽生といったトッププレイヤーがいるけど、そこに金を持ったビルゲイツが、金の力だけで頂点に上り詰めたらどうなるだろうか?

特に興味もなく、関係ない身からすれば、面白いと思う。でも、それらが本当に好きな人間にとっては不愉快極まりないだろう。将棋で言えば、電脳戦が正式に認められてしまうようなものだ。業界も衰退することは間違い無い。


最後に……

これらの話はあくまでもどこに線を引くかといった問題で、許容できるラインは人それぞれ違う。ペイツーウィンにしても、どこからがペイツーウィンになるかは考え方によって変わってくる。

現実の競技にしても いいバットを揃える、いい靴を手に入れる、クラブに通う等、強くなるためにはお金が必要なわけで、競技によってもかかるお金は違ってくる。

それに、ゲームには野球やサッカーのように、決められたルールというものが存在しない。というか、野球やサッカーもゲームというカテゴリの中の一つだ。ペイツーウィンに批判的な立場ではあるけど、中には金持ちのためのゲームというのもあっていいと思う。

重要なのは、プレイに対する価値観をいかに高めるかであり、1時間プレイして手に入るアイテムを千円で売り出してボロボロ売れるのならペイツーウィンでも逆に歓迎されるだろう。

今回の概念は人それぞれ、価値観や捉え方によって全然変わってくるため、一概には言いにくい。あらを探せばどんなゲームにも存在するだろうし、いかにうまく騙すかが重要なのかもしれない。そういう意味でも、十分考慮しなければならない概念なのだと思う。

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